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みわ・ダッシュ村 誕生物語

村長清水三雄と三和との出会い、農場「みわ・ダッシュ村」の誕生

みわ・ダッシュ村 村長清水三雄より皆様へ

私が20年間勉強してきた完全無農薬・無化学肥料・有機栽培農業を、還暦を機に実践しようと、京都丹波地方の三和町で1万5千坪の耕作放棄農地を手に入れ、私が主宰するNPO法人京都SEINEN団のボランティア仲間に呼びかけ開拓開墾をして耕作放棄農地を蘇らせ安全・安心な農作物作りを始めたのがきっかけでした。

それが農場「みわ・ダッシュ村」の原型です。
下の写真をご覧いただけば分かりますが、広大な敷地はまるでジャングルのようです。

開墾する前の、みわ・ダッシュ村の耕作放棄農地
開墾する前の、みわ・ダッシュ村の耕作放棄農地

取得した耕作放棄農地のある京都府福知山市三和町(当時は、京都府天田郡三和町)の農村は京都市内からわずか車で一時間の距離にあるにも関わらず人間の幸せと健康の元になる美しい自然が一杯の土地でした。

空気、水、景色、静寂、新鮮野菜、そして地域の農家の皆さんは都会人が失っていた人間味に溢れていました。その上、近くにあるNPO法人が運営する福知山市の第三セクター宿泊運動施設「三和荘」は、安いし、料理は美味しいし、露天風呂から見る景色は絶景で一日の農作業で疲れた身体がみるみる元気になるような正に都会人にとっての別天地でした。

「耕作放棄農地を開墾して安全安心な野菜作りをしよう!」と、NPO法人京都SEINEN団のシニア層のボランティア仲間に呼びかけをすると、みるみるボランティア仲間が増え、その活動はたびたび地元新聞やテレビのニュースになりました。

開墾する前の、みわ・ダッシュ村の耕作放棄農地

この地を都会から脱出(ダッシュツ)してくる人たちの楽園にしようと、その名もダッシュ村と名付け、冠に地名の「みわ」を付け、特許庁に「みわ・ダッシュ村」の商標登録をすませました。

いよいよテレビで人気のTOKIOが活躍しているザ!鉄腕!DASH!!のシニア版の誕生です。
都会を離れての活動で発見したことは、耕作放棄農地、管理放棄森林、見放された古民家が増えている問題は、福知山や三和地区に限ったことではないという事です。日本全国で、同じ現象が起こっているのです。

それらの現象を見て持ち前の好奇心と挑戦者魂が蘇り、それらを再生させその地域の活性化を図ることを第二のライフワークと定めました。そして、私が主催するNPO法人京都SEINEN団による本格的な活動を開始した訳です。

はじめての開村式

そして2006年6月13日、はじめての「開村式」を行なうことができました。

三和町の宿泊運動施設、三和荘にて、村長の挨拶そして、農場「みわ・ダッシュ村」の農作物を育てる方法であるEM農法の説明をさせていただきました。

また、記念の体験農業として参加者の皆さんとともに、芋・ネギ・プチトマトなどの苗を植えました。

第一回目の開村祭以降、毎月春には、開村祭を行い参加者で農作物の作付けし、秋には収穫祭を行い、実った農作物を収穫しています。

みるみるうちに広大なスケールに!

活動を開始してから3年間で私個人や私の経営する会社やNPO法人京都SEINEN団で購入した農地・山林・閉鎖店舗はあっという間に膨大な規模になりました。

ご覧の通りの壮大なスケールです。
取得した物件の資産評価額の総額は既に7億円を超えました。
これらの土地は、将来、順次、農業生産法人(株)京都府天田郡みわ・ダッシュ村が買い取り、農作物の生産や、産直農作物の販売施設、多目的広場(都会と地元の交流のために使用)、などの目的で使っていきます。

農業生産法人の誕生

みわ・ダッシュ村の活動は、「過疎地の耕作放棄農地を復興し、優良な農地へと改良し、農業を通じての過疎地の活性化」を目指しています。ある山間部にある、限られた耕作放棄農地だけを購入しかつてのように蘇らせるだけではその地域の活性化にはなりません。三和地区に点在する耕作放棄農地を購入し、手をかけて開墾し、健全な農地に蘇らせる必要があるのです。

ところが、個人やNPO法人ではこれ以上の農地の取得が農地法により出来ないとの事を指摘されましたので2009年4月、農業生産法人(農地を取得する要件を満たしている法人)を行政の指導のもとで立ち上げ、2009年8月、農地の取得について京都府の認可を得ました。
それが当社、農業生産法人(株)京都府天田郡みわ・ダッシュ村です。

日本の農業は多くの問題を抱えています。本来の目的の通りに利用されていない農地が全農地の約半分もあり、そして食料自給率は40%を切っています。外国から安い農作物が大量に輸入されているため、農薬のことも心配です。農地の所有権移転が厳しく制限されているため、山間部の農家は兼業を強いられてしまっています。何より、「完全無農薬・無化学肥料・有機栽培による安全・安心な米や農作物」の値段が高すぎるため、国民は大事な大事な健康を政策の代償にしているかのように思えます。

私はここ三和町で、完全無農薬・無化学肥料・有機栽培による安全・安心な米や農作物を作り、この過疎地におられるベテラン農家の方々の力を借りて農業を行うことで三和町の活性化を図りたいと考えています。もちろん農地が必要になりますので、自ずと耕作放棄農地の問題は解消します。協力農家の方にはしっかりと当社のコンセプトを説明して指定する完全無農薬・無化学肥料・有機栽培で農作物を作っていただきますので、まさに「安全・安心な米や農作物」を消費者に提供することができます。

ここ三和町での取り組みだけでは、農業問題解消の一歩を踏み出すにすぎませんが、当社のビジネスモデルを成功させ、この取り組みを各地の山間部で行っていただき全国的な広がりになったとき、日本がかかえる農業の問題のいくつかは解決するだろうと確信しています。
「日本の農業がかかえる問題解決にチャレンジしよう!」と意気揚々です。

 

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